物書きは恥かき

始めより 終わりむつかし ひとの道・・・窓際の凡才ですが おもいきり 生きてます

池の睡蓮

庭には大小2つ池がある。
小さな方は、53年前に祖父が尽力して作った。
大きな方は、その数年後に祖父と父とで作った。脇にいくつか大石も置き築山も作った。
私は物心ついた頃からずっと、庭に出るとフナや金魚が泳ぐ様子を眺めて心安めてきたのだけれど。

退職後、夏はわりと時間をもてあましていた父は、若い頃には見向きもしなかった庭の手入れに力をいれていた。庭木の手入れや野菜作りはもちろん、石の手水鉢の脇に水琴窟や鹿威しまで作り、その傍ら2つの池を使い分けていた。
大きな池には成魚ばかりを入れていて、帰省していた夏のある深夜、パシャッ、パッシャッとまるで鯉が跳ねるような大きな水音で目が覚めた。おそらく卵を産んだのではないだろうか。朝になって父に話すと、「お、そうか」と素早く庭に出て、水芭蕉や睡蓮の茂みを探し、「あった、あった」と嬉しそうにひしゃくですくい上げて小さな池に移した。
毎年そんな風に養殖していったのか、いつしか金魚屋ができるんじゃないかというほど増えに増えて、あちこちに分けていたほどだった。
私が地下室の工房を開いた頃、久しぶりにフェリー+車で帰省した帰りに、父が「金魚もっていかねえか?」と言い出した。私は金魚好きだから、1センチにもならないまだ真っ黒な稚魚を7匹、大き目のタッパに入れて持ち帰ることにした。
母は、「父さんの金魚だから大切にせいや」と妙なことを言った。言われなくても私は、親に貰った物は大事にするさ。7匹は工房の水槽ですくすく育ち、やたら大きくなった。

それから2年ほどして「どうも両方の池の水が漏れているようだ。何度も何度も塗ってふさごうとしたけど、いったいどこから漏れてるんだか。どうしてもだめでよ。」と父が残念そうに呟いたことがあった。
母はこのときも妙なことを言った。
「何十年もの池の水が漏れるなんて厭な感じだね。そういうことがあると、家に何か重大な異変が起きるっていうよ」
厭な感じだったが、今になって考えると、池は父の大病の報せだったのか?

父が入院し、1年後に他界すると、庭いじりは少しずつ私が引き継ぐようになった。
放っておくと草ぼうぼうで荒れ果てるし、それではこれまで丹精してきたおじいちゃんと父に申し訳ないし。
弟は植物の手入れはどうも苦手みたいだし。
庭で野菜を作ったり、金魚を眺めて楽しむのは、私だけだし。

さて、池の水は本当に両方とも漏れているんだろうか。
池の金魚はわずかでも生存しているのだろうか。
雪解けで満々と水をたたえているけれど、赤い姿は見えず。ショップで40尾ほど買ってきて、大に30尾、小に10尾、放ってみたが、大きい方はやはりどこかでじわりじわりと漏れているらしく、長い間内地にいて放っておくと夏の盛りには水深5センチほどにまで減ったこともあり、冬支度では池に板を渡して雪避けしたけど、金魚は次の春には姿が見えなくなっていた。小さい池には3尾だけ生き残っていた。

それでもまた20尾ほど買ってきて、夏の間のボウフラ防止にでもなればよいさと大きい方に放った。小の生き残りも大に移し、この年の秋は雪囲いはせず、放置した。
そしてこの4月、やっと雪が無くなった庭に出て池を覗くと、3尾ほど赤い影が見えた。おお、生きてるじゃないか。
しばらくして春らしい気温になると、奥から出てきたのか、成魚が7尾いることがわかった。
さらに夏になると、池に沈めてある鉢のあたりで細かい小さな黒いのが動いている。
なんだ? ボウフラか? いや、違う。 稚魚じゃないか。3尾いるぞ。
よくまあ親に食われずに生き残ったものだ。 このまま逃げ延びて大きくなってくれよ。
と、それから1週間、2週間経ち、今では大人の7尾に混じって、小さな赤いのが10尾以上もちょろちょろ泳いでいる。やたら賑やかだ。水も減らない。どうやら細い割れ目に堆積物が詰まって漏れが止まったのではないか。
池が復活した。

さらには2週間ほど前、小さな池に沈めっぱなしだった鉢から、睡蓮の葉が数本伸びているのに気がついた。
睡蓮は祖母が好んで育てていて、私が小学生だった最盛期には大きな池に鉢3つを沈め、一面に葉を広げていたが、今ではこんな小さな鉢だけが生き残りか。そういえば、ここ20年ほど睡蓮が咲いたのを見たことがない。
祖母がまだ元気だった頃、「肥料は身欠きニシンを鉢の土に突き刺せばいいんだ」と母に伝えていたのを私は横で聞いていた。そんな手入れはずいぶん長い間していないはずだから、あまり期待できないだろう、と思いつつ、小さな池の水深では窮屈そうだったので、大きな池に移して沈めた。茎はちょうどよさげに水面まで延びて葉を広げた。
その睡蓮が咲いた。

やはり 池は復活した。
じいちゃん、ばあちゃん、とうさん。ありがとう。
子供の頃の池に戻ったみたいだ。

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